トップへ戻る

■ 韓国で日本語をおしえること
目次(ジャンプしません)
  ■1.ベテランの先生の述懐
  ■2.一般的な情報
  ■3.しごとをはじめるまで
  ■4.しごとをはじめてから
  ■5.韓国での にほんご教育と にほんごの需要
  ■6.おしえることと おしえかた
  ■7.これから必要な人材は…

  ■8.トラブルの事例と対策(2002年1月12日追加)  
1 あきづき やすお

AKIZUKI-Yasuo(BUSAN, Rep.of KOREA)
http://akizuki.pr.co.kr/
akizuki@pr.co.kr

秋月 康夫 1963年東京うまれ
現、金井釜山外國語學院 講師
釜山大學校一般大學院日語日文學科修士課程在籍中 
1988年より日本と韓国で日本語教師をつづけ、韓国 では、亀尾・束草・釜山で計約5年「学院」講師を する。(2001年5月現在)

1.ベテランの先生の述懐

 韓国の大学で10年以上、日本語をおしえているという ある先生に はなしをうかがう機会があった。その先生がいうには、「金泳三時代が いちばん ひどかった」ということだ。

 1993年から98年までのキム・ヨンサム(金泳三)政権の時代の なにが よくなかったのか。別に政治の はなしをしているわけではないが、ふかい ところでは それとも関係するかもしれない。その時期、韓国でおしえていた外国人教師の待遇が わるくなり、法的な しめつけも強化されたということだ。

 よく しられているように、韓国では 一方に、日本や日本人、日本文化や日本語に対する拒否反応がある。その一方で、戦後も ごく みじかい時期をのぞき、継続して日本語学習をする ひとが かなりの数で存在しつづけた。特に産業界では実務における日本語の必要性が たえることはなかったから、大企業が社員に日本語学習を課したり、奨励することは おおかったのである。

 キム・ヨンサム政権以前の軍事政権下では、経済活動に必要な範囲での日本人技術者や語学教師の存在は むしろ保護されていた。それが、いろんな意味で転換期をむかえたのが、この時期だったのだと おもう。
 転換の要因のひとつは、解禁後の初期の日本への私費留学生が帰国する時期をむかえたことだった。89年に海外旅行が解禁され、韓国から日本へ留学する学生が急増した。その学生たちが日本語学校を修了し、日本の大学に はいって卒業し、帰国しだすのが、この時期であって、これらの ひとたちが、企業の あたらしい戦力となっていった。それと ともに、韓国人にとって、それまで日本語は、韓国に在留する ごく少数の日本人からならうか、そうでなければ韓国人の教師から ならうものであったのに対して、直接、日本へいって ならうという選択肢が ふえた。こうして直接、日本を体験した留学組が帰国すると、当然、従来、韓国に駐在していた日本人の役割も すこしずつ かわっていかざるをえなかったのであろう。
 もうひとつの要因は、このこととも関連して、日本で職業日本語教師というものが成立しはじめたことによる。日本で民間の日本語学校が続々と できはじめたのが、87年ごろで、日本語教育能力試験が はじまったことなどもあり、当時、おおくの日本語教師が誕生した。そうして日本語学校を経験した教師が、韓国に日本語教師としてくるようになったのも、ちょうどキム・ヨンサム政権のころだったのである。
 日本で まがりなりにも「職業日本語教師」を 養成する大学の学科や機関が できて、はじめから日本語教師として海外での就職をめざす ひとたちが出現するようになったのも、このころだっただろう。当時韓国ではまだ、大学や、一部大都市の 大手の語学スクール(「学院」)以外にはネイティブ教師は ほとんど いなかった。それが、90年代に はいってから民間の「学院」でも外国人教師をやとうことが流行しだし、それが地方へも波及していった。

 以上のような過程は、韓国における日本語教育全体の規模をひろげただろうし、日本から日本語教師として韓国へいって就職するチャンスも ひろげたことだろう。しかし、それが、もとから韓国の大学などで日本語をおしえていた教師にとっては雇用と待遇に対する圧迫とうけとめられていたことも注目に あたいする。たしかに これらの教師たちは日本語や日本語教育を専攻してきた ひとたちばかりではなかった。しかし、逆にいえば、みな、日本語教師としてでなくても韓国で なんらかの活動をおこなってきた ひとたちである。はじめから韓国において活動する なんらかの動機をもち、定着してきた教師であった。(たとえば、ほとんどの ひとたちが、みずからが韓国の大学の付設機関などで韓国語の学習をした経験をもっているのであった。)これに対して、あたらしく日本語教師として韓国に進出しはじめた層は、日本語教育に対する専門的な知識が あったり、日本での直接法による教授経験が あったりするものの、韓国に対する理解が かならずしも ふかいわけではない教師も いたし、韓国語が できるとも かぎらなかった。しかも、民間の「学院」で やすく やとわれてきて、1年契約で帰国することも おおかったから、雇用関係も安定せず、つかいすてられるようなケースもあった。そういうこと全体が、従来からの教師の めでみれば、日本語教師の地位を低下させるものとして うつっても、不思議では なかっただろう。
 なにをかくそう、わたくし自身も、このような迷惑な新参者として、はじめて韓国で日本語教師の しごとをして、1年と すこしばかりで すごすごと退散した経験をもつものである。

 あたらしく参入しようとする ひとたちは、だれでもチャンスをもとめて やってくる。その結果、刺激をうけて日本語教育全体の うごきが活発になり、その質が向上することもあるし、反対に、教師ばかりが供給過剰になって、待遇の低下をまねくこともある。自分が就職しようと かんがえているときには、そんなことまでは かんがえないものだけれども、いざ、韓国へ きてみれば、いやでも そういう全体の状況に規定された時代の なみに あらわれていることに気がつくだろう。なにかをしようとすれば、周囲に なんらかの影響をあたえることは さけられないが、せめて、韓国へ くるのであれば、それなりの目的意識をもち、なにかをのこして かえるつもりで きていただきたいと おもう。


2.一般的な情報

 韓国における日本語教師の状況については、以下のサイトに客観的なデータが のっている。
● 『日本語教育 in KOREA -morishin's home page-』
http://dasan.sejong.ac.kr/~morishin/
中の以下の資料を参照してほしい。

・「韓国で日本語を教える」
(http://dasan.sejong.ac.kr/~morishin/teach.html)
・「韓国における日本語教育・日本語教員養成」
(http://dasan.sejong.ac.kr/~morishin/Jpn-edu.htm)

 日本語教師として おしえる職場には、大学や公教育機関、民間の「学院」などが あるけれども、この案内をよむ ひとたちの おおくは「学院」をめざすものとおもうので、「学院」を中心に説明したい。
 そのほかの大学の講師などは、修士号が もとめられるうえ、最近では日本語や日本語教育を専攻しているひとが採用されることが ふえているので、資格者は、それぞれの所属機関をとおして求人情報をえることができると おもう。また、最近、韓国の各地方の教育庁が、このような専攻者を日本から雇用して、高校での日本語教育に従事させるケースが でてきている。しかし、これらも、おもに日本の大学院などをとおしての求人になるので、本稿の対象からは はずすことにする。
 また、最近はワーキングホリデーの制度をつかって韓国に くる ひとも いる。このばあいは、入国してから しごとをさがすことになり、滞在期間も かぎられているので、講師として正規に雇用されるためには労働ビザをとりなおすことをつよく すすめる。正式の講師ではなく会話補助員として、あるいは企業内講師や家庭教師のような形態で おしえられる可能性は あるけれども、法律上の問題もあるから、慎重に対処すべきである。ワーキングホリデーについては、以下のサイトを参照されたい。
● 「韓国情報サイトSeoulwind.com」
(http://www.seoulwind.com/work/qa.html)


3.しごとをはじめるまで


 「学院」での しごとは、日本語教育関係のWEBサイトや書店の通信、店頭での広告などで みつけることができる。日本語学校をつうじて求人が あることもあるし、養成講座が紹介していることもある。「在韓日本語教師のメーリングリスト」にも情報がのるので、こまめにチェックするといい。
●「在韓日本語教師のメーリングリスト」
(http://www.egroups.co.jp/messages/zaikannihongngo)
たいていは、採用決定と同時に募集を終了するという募集方法なので、はやめに応募することが大切である。また、採用されなくても、募集をしていた期間に履歴書をだしておくと、つぎに求人があったときや、別の機関で求人があったときに、しらせてくれることもある。
 すでに韓国に滞在していれば、講師研究会などに 参加することで情報をえることもできるから、人脈を大切にしてアンテナをはりめぐらせることが大切だろう。「学院」の経営者は、どちらかというと、すでに韓国にいる ひとから教師を採用しようとする傾向がある。それは、新規採用した講師が韓国の生活に なれるかどうかという不安が あるからである。すでに韓国で しごとをしていたり、留学している ばあいでも、あたらしい「学院」で はたらくためには、ビザをとりなおすために、いったん韓国国外へ でなければならない。しかし、それでも、韓国在住者を採用すれば、事前の面接に時間をかけることも できるし、準備も しやすい。日本語教師の たちばから かんがえても、そのほうが しっかりと どんな「学院」なのか観察することができるし、そこが よくなければ、別のところをさがすことも できるから、できれば まず 韓国に韓国語の勉強などの名目できてみて、その あいだに就職先をさがし、ビザをとりなおして はたらきはじめるのが理想的だろう。

 「学院」講師の給料は、1か月100万ウォンくらいが相場のようである。それに、住居支給、税金・保険料の負担、食事補助の有無などで てどり収入に ちがいがでてくる。赴任してしまえば、当然フルタイムになるので、1日6時間くらいの授業をもたされるのが ふつうである。なお、おおくの ばあい、「学院」の教師は、ほかの ひとが はたらいていない時間帯に はたらかなければならない。すなわち、早朝と夜間の授業が中心となる。
 このような条件を確認してから契約する。契約書を郵便で とりかわすことも できるが、トラブルをさけるためには、いちど したみにいって、学校のなかをみたり、「院長」と はなしをしたりしてから契約するのが のぞましいだろう。ただし、契約まえは もちろん、赴任するときも、旅費は だしてもらえないものと おもっておかなければならない。ちかい くにだとはいえ、旅費の負担は バカにならないが、韓国に きた最初の日から後悔するようなことが ないように、なるべく自分のめで たしかめてから、くるようにしたほうがいい。

 ビザは、事前審査制度が導入されて、短期間に処理されるようになった。契約書が作成されると、それを韓国の機関が入管に提出し、滞留資格の事前審査をうける。ふつうは1週間くらいで それが終了し、「査証発給認定書」というのが発行されるので、それが日本へ おくられてくるのをまつ。その「査証発給認定書」をうけとったら、日本にある韓国領事館・大使館にいき、ビザをもらう。このばあい、ビザは1日で発行される。

 一般的に、最初のアプローチから赴任までは はやくとも1か月は かかると みておいたほうがいい。赴任がきまったら、荷物の準備などをしなければならないが、韓国で かえるものは、韓国で かったほうがいい。荷物は郵送することもできるが、通関でトラブルをおこすことがあるので、気をつけたほうがいい。電気製品などは、カバンにいれて入国するほうが無難だろう。個人で使用するかぎり、パソコンなどをもちこんでも関税はかからないが、新製品をかったときのハコごと もっていくと、おくりものと みなされたりするので気をつけたほうがい
い。


4.しごとをはじめてから

 韓国に到着してから、3か月以内に管轄の出入国管理事務所に おもむいて、外国人登録をしなければならない。このとき、外国人登録証(カード)が つくられる。地方では即日交付だが、都会では1週間くらい たってから、また とりにいくことになる。その1週間くらいの あいだ、パスポートも あずけてしまうので、身分を証明するものが なくなってしまう。うけとり証も くれないので、かなり不安に感じるが、そういうものらしい。
 韓国では、就労のビザと、学生ビザは別々のものだとかんがえられているので、「会話指導(E-2)」の在留資格で大学や大学院に かようと、違法になる。「学院」の講師をするための在留資格と、学生として活動する在留資格が上位・下位の関係ではなく、別個のものとして あつかわれるからだ。こういうばあいは、「資格外活動許可」が必要になる。
●韓国の外国人在留資格の区分は、法務部出入国管理局のWEBサイト
(http://www.moj.go.kr/immi/e_frame.htm 英文)
のなかにある、
・(http://www.moj.go.kr/immi/service/e_visa.htm#kind 英文)
を参照されたい。
 日本語での説明としては、
●「韓国総合情報HP・ふかののホームページ」
(http://members.kr.inter.net/fukano/)
内にある、
・(http://members.kr.inter.net/fukano/seikatsu/immigration/nyukan_1.html)
が くわしい。また、統計数値として、参考までに
●「韓国テジョン日本人会ホームページ」
(http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/6382/)
にある、
・(http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/6382/taizai.html)
をあげておく。

 外国人登録に際しては、指紋を採取される。一般的には、1年間滞在したあと、在留許可を延長するときに、採取することが おおい。ただし、いちど指紋採取をおえている ひとは、あらためて採取されない。

 外国人の医療保険は1998年から加入が可能になった。
●くわしくは、ソウル市役所のサイト
(http://japanese.metro.seoul.kr/)にある記事
・(http://japanese.metro.seoul.kr/business/employment/career/index02.cfm)
をよんでいただきたい。
保険加入の てつづきは、雇用者に たのめばいいが、雇用者によっては、なかなかしたがらないことも あるので、契約のときに、きちんと確認しておいたほうが いいだろう。医療保険をあつかっているのは「国民健康保険公団」で、韓国全国から電話番号1588-1125で連絡できる。外国人の加入者は3か月ごとに保険料を先納することになっているが、そのために、銀行ひきおとしが できなかったり、納入通知書が おくれて とどいたり、とどかなかったり したことが あった。

 電気製品は220Vで うごく。かつては110Vの地域が混在していたため、110V用の電気製品があり、そのための変圧器も うられている。日本製の100V用の製品は、このトランスで電圧を110Vにして、コンセントをつなげば、たいていは問題なく うごく。
 パソコンも そのまま つかえるが、通信に際しては、モデムの相性が わるいことがある。電話の規格じたいは おなじなのだが、発信音のレベルが日本より ひくいために、誤作動をおこしたり、局線が連結しているのを認識しないことが あるらしい。
 インターネットのプロバイダは、パスポートと銀行口座があれば契約できる。ただし、高速回線をひくときには、住民登録番号が必要になり、外国人だと契約できないことがある。たいていは、雇用主などに名義をかりることで解決するが、さんざん またされた あげくに、最後の段階で契約できなくなることがあるので、はじめから たしかめておいたほうがいいだろう。
 携帯電話も同様に、韓国人に名義をかりて契約すれば問題がないが、それが いやなら、プリペイド式の電話をかうことができる。この ばあい、基本使用料がないかわりに、一定期間後に、1か月1万ウォン以上電話機にプリベイドの使用料を充てんしないと使用停止となってしまう。なお、局線をひく電話は、電話局で申請すれば、20万ウォン程度の保証金で ひくことができる。


5.韓国での にほんご教育と にほんごの需要

 韓国では、従来、大学や高校で日本語が おしえられてきたほか、企業内研修や、「学院」と よばれる民間の語学スクールで日本語をまなぶ ひとがいる。
 ここで「学院」と かいているのは、日本語には訳しにくいもので、その意味を理解するためには韓国の教育システム全体について しっておく必要がある。
 そもそも韓国では公教育以外の私塾のようなものも許認可制をとっている。したがって語学スクールのようなものも自由に設立するのではなく、かならず「学院」という形態をとらなければならない。ごく少人数の個人指導のようなものをのぞいて、なにかをおしえることによって営業をするためには、「学院」としての許可をえる必要があるのである。
 よく、教師の資格についても問題になるが、韓国の「学院」の講師の資格は韓国人講師についても厳格にきめられている。基本的には教授分野の専攻者であることが必須条件である。したがって、日本語教師として赴任するばあいも、単にビザの問題から大卒であることが要求されるのではなく、「学院」として許可をえるためにも講師が一定の資格をもっていなければならないのである。だから、ワーキングホリデーの制度で6か月まで日本語教師として はたらくことが できるけれども、その ばあいでも、あらためて資格をみたしているかどうかの審査があり、入管当局の滞留資格外活動の許可をえる必要がある。

 98年まで、韓国の中学生や高校生たちは「自律学習」といって学校に いのこりで よる おそくまで 自習するということが一般的に おこなわれていた。これは実質的に強制であり、その結果、学校外の「学院」で勉強する機会が うばわれることになっていた。キム・デヂュン(金大中)政権になってからの教育改革で、このような習慣がおおきくあらためられ、中学生や高校生が放課後に自由に「学院」に かよい、自分の すきな勉強をすることが可能になってきた。同時に、大学入試において第二外国語の能力が評価されたり、とくに すぐれた能力をもっていると、「一芸入試」のような形態で ほぼ外国語力(たとえば日本語なら、日本語能力試験1級取得など)のみで入学できる大学も でてきており、おりからの若年世代の日本に対する関心の増大とあいまって、中高校生の「学院」での日本語学習者が急増した。
 これにより、それまで早朝か夜間に大学生や会社員を中心に編成し、ときたま主婦層を中心にしたクラスを昼間に つくっていた「学院」のクラス編成は、夕がたから よるに かけて、わかい世代中心に かわってきている。

 さらに、現在、高校で おこなわれている第二外国語の授業での科目選定が、2003年より、現在の校長による選定方式から、生徒の希望する科目の設置へと変更されることが決定しており、予備調査によれば、あらたに日本語を第二外国語として設置することになる高校が急増することが確実視されている。このため、(日本の文部省にあたる)韓国政府教育部は、現在、ドイツ語やフランス語をおしえている教師を日本語の教師に転向させる施策を援助しており、そのための研修も おこなわれている状態である。また、中学校でも生徒が自主的に科目を選択する方式での選択科目の設置がきまっており、おおくの中学生が日本語を希望することが予想されている。このばあい、中学校は原則として、日本語の教師を準備しなければならず、そのための教師の供給態勢をととのえることが いそがれている。
 現在、ネイティブ教師として「学院」で おしえている講師にも、このような事情を背景にして、中学校や高校で会話講師の依頼が くることがある。まだ正規の教科目と なっていない ばあいでも、特別活動を担当する委嘱講師としての しごとが くることも ある。さらに、今後は、地方公共団体の教育庁が、語学教師としてのネイティブ教師を雇用して、各学校に配属させるような うごきも あるので、注意が必要であろう。冒頭にのべたように、いまのところ、このような採用形態で雇用されるのは、日本の大学院で日本語教育を専攻したものと なっているが、今後、状況によっては、すでに韓国で「学院」講師をしている教師のなかから、一定の資格をみたすものが採用されていく可能性も あるだろう。


6.おしえることと おしえかた

 実際、韓国で日本語をおしえているネイティブ教師の授業の内容は千差万別である。大学で おしえている教師なら、大人数をあいての講義をしなければならないし、「学院」講師なら、いつ入学して、いつ いなくなるかも わからない学習者をあいてに おしえなくてはならない。
 担当するレベルや分野も まちまちで、ある「学院」では、日本人講師は中上級の会話クラスのみを担当し、基礎の段階は韓国人講師が おしえているが、別の ある「学院」では、日本人講師が ひとりだけで、すべての日本語の授業を担当しているというケースも ある。

 教授法も まちまちである。一般的にいえば、中上級のクラスでは、日本語だけで おしえることが期待されているけれども、初級レベルから直接法のみで おしえている講師は すくないだろうと おもう。とくに、おなじ機関で韓国人講師と くんで おしえるときには、その機関の教授法を直接法に統一することは できなくなるので、どのような役割分担をしていったらいいか、よく かんがえる必要がある。そういう ことについて韓国人講師と はなしあうことは大切だが、おたがいに、あいての授業のスタイルに対する理解をふかめていないと、はなしあうといっても生産的な結果は だしにくいだろう。最終的には、ネイティブ教師のほうが、その機関と学習者の実状に あわせて、柔軟な対応をとるとともに、自分が どういうレベルの学習者に対して、どういう おしえかたなら、効率的な授業が できるのかということをわかりやすく ほかの教師に しめしてみせる能力も とわれることになる。

 教材に関しては、韓国は たいへんに めぐまれた環境にあると いってよい。日本で一般的に つかわれている日本語教科書や問題集の ほとんどが、韓国で出版されていると いってよい。しかも、日本よりは廉価であるため、必要なら、受講生に問題集を指定して、本屋でかって もってこさせることも可能である。

 ただし、補助教材のたぐいや、えカード、レアリアなど、ないものは ないので、適宜、もっていくなど、工夫することが のぞましい。日本の風物や、都市の ようすが わかるような写真パネルがあると、授業に役だつが、うっているものは一般には たかいので、赴任まえに日本で てに いれられるものは そろえて もっていくと いいだろう。なお、ソウルの「日本文化院」とプサンの領事館にある日本語教室では、スライドなどの資料の かしだしをしているので、相談するとよい。

 韓国でも、日本語学の成果が随時、紹介されており、日本語学関連の学会の うごきも活発である。しかし、対照研究ということになると、日本語学の専門家が韓国語を研究したり、韓国の国語学の学者が日本語学の最新の研究に関与したりすることが すくないため、外国語教育に必要なことが まだまだ きちんと研究されていない。実際、日本語と韓国語との対照研究を主題にした本も かぞえるほどしか出版されていないのが現状であるし、論文の たぐいも、きわめて部分的な事項に関する個人的な研究が単発的に発表されているとの印象が いなめない。
 実際、韓国にきて、韓国語を意識しながら日本語をおしえていると、ふつうに日本の日本語学校で おしえているときには、気がつかなかった点に、注意をしなければならないと感じることが おおい。それは、語彙的な問題に関する韓国語の干渉に はじまって、にていると いわれる文法についても、微妙に ちがう点が、ことばの学習に影響をあたえている点が おおきいことにも気がついてくる。さらに、文化的な要素をふくむ表現のしかたの ちがいとか、政治的な観点をふくむ ことばに対する必要な注意(たとえば「日本海」「朝鮮戦争」などの単語に対する あつかい)など、あつかいに こまることがらは、かぞえだすと キリがない。くわしくは、韓国で日本語教師をしている ひとたちのWEBサイトや上記メーリングリストなどを参照してもらいたい。
ここでは参考までに、筆者のサイト( http://akizuki.pr.co.kr/ )をあげさせていただく。
●『イカの足通信』プサン編(韓国からの日本語教育通信)
( http://akizuki.pr.co.kr/ )

 また、最近になって おもうのは、いわゆる「学習障壁」の問題である。韓国人が日本や日本語に対して もっている さまざまな コンプレックスや 感情的な要素が学習行動に あたえている影響については、まだ本格的な研究が されていない。しかし、こうした要素も、本国で勉強しているからこそ増幅される部分と、日本に留学すると増幅される部分が あると おもう。おなじ韓国人の学習者でも、韓国で勉強するのと日本で勉強するのでは、こころもちが ちがうということも かんがえられる。わたしたちの めに みえないところで、いろいろな社会的・政治的・文化的な要因が、語学学習に対しても おもわぬメンタル・ブロックとして、あるいは学習上のバリアとして作用している可能性が あって、教師が あまりにも そのことに不注意であると、おもわぬ ひとことで教室の雰囲気をわるくすることが ある。これについては、やはり、ある ひとつの見解だけに たよるのではなく、現場での経験を分析しながら、いろいろな分野への関心をもって「韓国」に対する理解をふかめることをおこたらない努力が必要だというふうに まとめる以外は ないだろう。失敗をおそれず、しかし、失敗から いろんなことをまなんでいく教師が もとめられている。


7.これから必要な人材は…

 冒頭に のべたように、日本語教育という新興の業界では、まだまだ教師の地位が安定しているとはいえず、これから韓国に こようとする ひとたちは、とかくチャンスをもとめるものだが、すでに韓国で教師として くらしている がわから みれば、そういう存在が、ときには、自分の生活さえも あやうくするのではないかと おもえることもある。

 かつての わたしが、まさに、そのようにして韓国にのりこんで、それまでの時代をささえてきた先輩たちの職域をあらしてしまったように、いま、「学院」で おしえている わたしは、このところ急速に、日本語教育を専攻したうえ修士号をもった教師が韓国に きていることに いくらかの焦燥感をかくせないでいる。また、そういうことが進行している一方で、教師としての経験が まったくない ひとが、日本での就職が むずかしいという事情から、経験をつむためという動機で韓国の「学院」講師に応募してくるのをみると、これもまた、どうしたものかと おもう。日本語教師としての経験が海外から はじまること自体は、なにも わるいことではない。しかし、日本で おしえるための「経験」を海外でなら つめるというのは、おかしな はなしである。さらにいえば、ごく一部ではあるが、「研修」などという名目で、給料をもらわずに「学院」などで おしえにくるひとも いたようである。そういうことが一般化してしまえば、韓国の「学院」で日本語教師として きちんと給料をえて しごとをするということじたいが成立しなくなってしまう。

 このように、韓国での教師の需要も ふえているが、日本から、韓国に日本語教師として こようとする ひとも それをうわまわるくらいに ふえている。まさに教師は戦国時代の様相を呈してきているということだろうか。

 しかし、一方で、かつて韓国で日本語をおしえていた教師たちのように、韓国に ねをはって、その くにとその くにの ひとたちをふかく理解しようとし、たとえ日本語や日本語教育を専攻していないとしても、おしえるために ひと一倍の研究をおしまず努力するようなタイプの教師は、かえって、ますます価値をたかめていると いえるのかもしれない。すべての日本語教師が、そのようなタイプである必要は ないだろうが、語学教師というものの原点をかんがえなおすうえで、もう一度、そのことをおもいかえすのも わるくはないだろう。 かつて、80年代末に突然、日本語教育ブームが おきたときに、おおくの日本人が国際交流の理想をいだいて日本語教師となり、やがて、受講生の意識との あまりにも おおきいギャップに きずついて 外国ぎらい(とりわけ中国人ぎらい)になって やめていってしまったことがある。それまで 文字の うえでしか しらなかった「外国人」に じかに接したことで、かえって、偏見をつよめてしまったという不幸な事例をまた くりかえしては ならない。わざわざ韓国にまできて、かえっていく日本語教師のなかには、ちょっとしたボタンの かけちがいで、誤解に誤解をかさね、不幸な結果だけをのこして さっていく ひとも、あとをたたない。どちらに非があるということをいうのではなく、そのようなことが、くりかえされること自体が、不幸なことである。

 だから、これから韓国にきて日本語をおしえたいとおもう かたは、ひろい視野で日本語教育と「韓国」というものをかんがえ、複眼的な めをもって 自分の体験を将来のために いかしていってほしい。


8.トラブルの事例と対策
(2002年1月12日追加)

 わたしは、韓国で「学院」の教師をしながら はやい時期からホームページを開設していたり、最近ではメーリングリスト(前掲)を主宰していたりすることもあって、日本から にほんご教師として韓国に赴任してきた ひとたちのトラブルの事例に、直接・間接に ふれてきた。

 トラブルの例は実に多様である。おもいつくまま、箇条がきしてみる。

 ・契約のとき契約書がつくられなかった
 ・契約書をつくる段階で給料が事前の約束とは ちがう金額に変更された
 ・赴任したとたん、別の勤務地にある系列の機関に配属された
 ・提供される住居に問題がある(女性教師が男性教師と同居させられるなど)
 ・給料の遅配、一部ふばらい
 ・入管てつづき事務に対する非協力
 ・「実習」期間が あとから設定され、その期間の給料が へらされた
 ・「実習」とされた期間があっても、なにも具体的に おしえてもらえる内容がなかった
 ・経営者が借金をもうしでてきた
 ・保険加入の てつづきをしてくれない
 ・病気になっても、適切な治療をうけさせてくれない
 ・親せきの不幸や病気療養などで一時帰国することをゆるしてくれない
 ・ボランティアの教師を募集し、そのボランティアに授業をまかせ、正規にやとった教師は やすませて給料をださない
 ・入管に報告せずに不法な派遣授業をさせる
 ・給料が はらえなくなったので、ほかの機関に移籍するようにいわれたが、自分でさがしてきた機関に うつろうとしたら、移籍を妨害された

 ほかにも いろいろと あると おもうけれども、これらのトラブルはは地方をとわず、どこでも おこりうることだと おもう。
 なかには おなじ「学院」などの機関が おなじトラブルをくりかえし おこしているケースもある。そういう ばあいには、その機関の経営者は、自分がトラブルの原因をつくっているという自覚がないことが ほとんどなので、事件が おこってから抗議しても事態が改善されないことが おおい。そのようなときには、周囲の協力と日本語で相談に のってもらえる ひと、交渉力のある ひとに たすけてもらったほうがいい。また、解雇されても すぐに かわりの教師が くるというような状況では あしもとをみられるので、冷静に事実関係を整理して まとめておき、必要なばあいには公表できるように しておいたほうがいい。
 労働関係において あきらかな不法行為が あったときには、韓国全国の労働事務所が事業者に指導・勧告をしてくれることも ある。この方法をもとめるには、まず経営者に「労働部に問題提起をします」と宣言をしてから労働事務所に でむいて どんな問題点あるかを説明しなければならない。
●労働事務所の所在地は、「大韓民国労働部(http://www.molab.go.kr/)」のサイトからはいって、以下のURLに一覧がある。
http://www.molab.go.kr/English/index/M3S193I.html

 最後に、出入国管理の法規との関係で おこりうるトラブルについて、注意をうながしたい。「学院」で語学指導をするという名目で入国したときには、[E-2(会話指導)]という滞在資格が あたえられるが、この資格では、大学院に かようなどの活動が「資格外活動」と みなされて許可が必要になるばかりでなく、指定された機関以外で許可なく就業することも禁止されている。「学院」が企業内研修のために企業に外国人教師を派遣することも、原則として できない。また、おなじ[E-2]の滞在資格でも、大学に籍をおいて おしえている教師が入管に「勤務さきの追加」の許可をえて「学院」で授業をすることは可能なようであるが、その反対に「学院」の講師が大学(2年制の専門大学をふくむ)で おしえる許可は でないようである。したがって、「学院」から そのような はなしが きても、「違法活動」をとわれて不利益をこうむる おそれがあるのは外国人である教師自身なので、じゅうぶんに注意したい。ただし、派遣さきが、中学校や高校、地方自治体などの公共団体であるときには、「学院」が事業をうけおって派遣しているという かたちであれば、出張して授業をしても問題がない。その際には、出張授業も あくまで「学院」の しごとの一部であるという あつかいになる。

 また、みこみちがいで失敗をするケースが おおいので注意してほしいことの ひとつに、「学院」での契約期間が満了するまえに退職した ばあいの問題が ある。このばあいは、退職にいたる経緯が、円満なものであれ、そうでないものであれ、もともとの契約期間が満了するまでの あいだ、出入国管理事務所は以前の「学院」の「移籍同意書」なしに あらたな「学院」での契約に もとづく査証(ビザ)を発行しない。つまり、契約期間内に職場である「学院」をかえようとするときには、現在勤務している「学院」の移籍に関する同意書をもらっていなければならないと いうことである。もし、同意書をもらって移籍することが むずかしいのであれば、移籍は、現在の契約期間が満了する時期をまたなければならない。このことは、退職後、ただちに帰国しても、しなくても、かわらないので注意が必要である。
 うえに、トラブルの事例として あげておいたが、ある「学院」が、教師をかかえきれなくなって、移籍させようとしたが、その間に、経営者と教師との関係が わるくなり、教師が移籍先をさがして退職したにも かかわらず、まえの職場が、あたらしい職場が「移籍許可書」をだしてくれるように いった もとめに応じなかったという事件があった。いったん退職してしまった教師に対して、以前の職場は「移籍許可書」をだす義務も利益もなく、ただ感情の問題として、気にいらなければ かかないという可能性が ある。「移籍」ということは、表面上円満にすすんでいても、このような感情の問題をひきおこす可能性があるので、じゅうぶんな注意をする必要があるだろう。また、外国人であるために、入管に からんで、このような転職に対する制約があることは、つねに気にとめておきたい。決して このましいことではないのだが、それが現実である以上、あらかじめ そのことをしっていないと トラブルにあったときに じょうずに たちまわれず、失敗してしまう おそれが あるからだ。

 このようなトラブルに あわないように するため、どうしたらいいかと いうと、決定的な方法は ないと おもわれる。就職のときに、なるべく、その職場の経験者や在職者などから情報をあつめるとか、経営の しっかりしている信頼できる機関であるかどうか しらべるとか、契約するまえに 事前に現地にいって、よく はなしをするとかの方法で慎重を期す以外にない。それでも、赴任してからトラブルが発生することも皆無ではないだろう。
 ただ、どんなときにも有効なことは、なるべく おおくの協力者をひごろからつくっておくことであろう。いざとなると、その ちかくに いるひとでないと 役にたたないことが おおい。たとえ経営者と うまく いかなくても、受講生との関係をよくしておけば、解決のための展望が ひらけることも ある。わたしも、一方で、かつて出入国管理事務所の役人からワイロとしてボールペンを要求され、とられた経験があるが、その一方、退職金の問題で、労働事務所の担当者の公平な措置に たすけられ、法定の金額をうけとったという経験もある。自分に やましいところが ないのであれば、堂々と主張をすることで、たすけが えられることも あるので、臆せずにふるまってほしいと おもう。それが、つぎに くるひとの ためにも なるのだから。

−−−−−−−−−−−−−−−−−
あきづき やすお[秋月 康夫]
AKIZUKI-Yasuo  (BUSAN, Rep.of KOREA)
       http://akizuki.pr.co.kr/
       mailto:akizuki@pr.co.kr