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└◇512:もうすこし確認させてください [きんちょ] 01/06/08(Fri) 21:26
やっと こたえて いただけましたね。[上に戻る]
> 話しことばの「んです」についての研究は
> 大変少ないです。「のだ」「のです」の研
> 究はかなりありますが、かなり書きことば
> の「のだ」を意識したものでしょう。
そうすると、Sakananomeさんの主張は、
「のだ」「のです」の研究の ほとんどは、
かきことばの「のだ」を意識したものなので、
「んです」の研究ではない
ということに なりますね。(ちがっていたら訂正してくださいね。)
ところで、「のだ」「のです」の研究は ずいぶん あるのですが、今回紹介した論文も、その おおくは、はなしことばの「んです」を意識しているとは おもいませんか? わたしが紹介した部分に でてくる例文も おおくは 会話文ですよね。で、もう一度 ききたいのですが、2点に わけて、うかがいます。
1.はなしことばの「んです」を意識した
「のだ」「のです」の研究
(この意味は、はなしことばの「んです」
から おおくの例文を採取してきて お
こなわれているが、研究の基調として
は「のだ」「のです」も同様のものと
して とりあつかわれている研究、とい
う意味にとってもらって かまいません)
が ありうると いうことをみとめますか?
2.はなしことばの「んです」を意識した
「のだ」「のです」の研究が あるとすれ
ば、それは「んです」の研究だとは いえ
ないのですか?
以上、おこたえによっては、このスレッドで議論することが すべてムダになりそうなので、質問させていただきました。
わたしは、ここで「のだ」「のです」について論じていることが「んです」と関係ないことだというのなら、そういう主張のかたと このスレッドでの「のだ」「のです」の議論をするつもりは ありません。「んです」のほうを優先したいので。あるいは、両者が動揺のものとして とりあつかえるということをさきに議論したいので。
> 日本語の一つの問題点は丁寧なことばで
> 親しさを表現する手法が大変少ないこと
> です。「ましょう」「でしょう」がその
> 一つですが話しことばでは「んです」が
> この点で大切になると考えています。
なるほど。この視点は わからなくも ありません。その視点で とりあつかえることも あるでしょうが、「んです」が いつでも かならず したしさを表現できるとは いえないので、まず「んです」が したしさと むすびつく場合と、そうでない場合をわけないと、この視点での議論は どこまでいっても曖昧模糊としたものにしか ならないと おもいます。