ことばや教え方の質問箱−掲示板2−

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スレッド

└◇622:
コメントありがとうございます。 [点] 01/06/24(Sun) 08:35

 └◇624:筑波の『S.F.J.』の説明について きんちょ 01/06/24(Sun)
  └◇632:あること−ないこと 01/06/25(Mon)
   └◇633:Re: あること−ないこと きんちょ 01/06/25(Mon) ←last


622● コメントありがとうございます。[ 点 ] 01/06/24(Sun) 08:35
こんにちは。
質問にせっかく答えて頂いたのに、コメントが遅れて申し訳ありませんでした。まずはお礼を述べます。

内容を何度も読んでみましたが、これ以上コメントを続けても同じ事の繰り返しのように思えてなりません。新しいものがないようなら一度終わりにしたほうが良いかもしれません。

さて、いままでの主張をまとめると次の1行に集約されると思います。

■ 「のだ」と「んです」は違う。←

> ・以上から「のだ」の研究で「んです」の研究の代用をすることができないことがお分かりいただけたのではないかと思います。  

> 「のだ」の研究がかなりあってもそこから「んです」の意味働きを導きだすことはできないと思います。「んです」の分析は最初から「んです」として始めなければならないでしょう。もちろん私は「のだ」の研究に基づいて授業をしているのではありません。


3点ほど指摘しておきます。

1 どの教師用の解説や、論文でもいいと思いますが「んです」を含む例文について解説しているものについて、どのような点がその説明では説明不足であるかを教えていただけないと私には判断できませんし、多くのかたにとってもそうだと思います。
これを明らかにすることによってSakananomeさんの御主張がよりはっきりするのではないかと思いますが、これはSakananomeさんの研究課題にしていただければと思います。
Sakananomeさんに取っては不十分な解説かもしれませんが、少なくとも、「んです」を含む文についての解説はたくさんあるという事実は言えると思います。

2 しかしながらSakananomeさんは、筑波の解説を評価しているようです。ここの筑波の説明は先行研究の「のだ」「んです」をもとにしているのではないのでしょうか。つまり「上手に説明できる」だけの分析なり解説がすでにあることを示唆しているのではないでしょうか。 

>つくばのSituational Functional Japanese vol.1 Notes page124でとても上手に説明しています。

>SFJでは「んです」の働きを、理由を求めるあるいは説明する、確認、驚きの表現の3つにしています

3 充分な先行研究がないと言いながらも、「んです は柔らげである」という結論だけはお持ちのようです。
 それに対しては、必ずしもそうではない場合もあるという疑問をいくつか書きましたし、複数の本にも「んです」を適切に使わないことによって失礼になる場合もあるということが書かれています。

 これはSakananomeさんと私の個人的な語感の違いだけではないと考えるべきではないでしょうか。

Sakananomeさんの御主張の通りに、もしも「んです」の研究が本当に少なく不十分であるというなら、Sakananomeさんの結論だけが正しいとは言えないはずです。
Sakananomeさんとは違う語感をもつ人がいて、そして本を書いている人もいるという事実も、今後の研究の参考にしていただければと思います。

そしてより多くの人が納得できるような説明をSakananomeさんに期待したいと思います。

nihongo-online.jp/

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624● 筑波の『S.F.J.』の説明について[ きんちょ ] 01/06/24(Sun) 11:50
 点さん、こんにちは。

 冷静な うけこたえ、いつも参考になります。

> 2 しかしながらSakananomeさんは、筑波の
> 解説を評価しているようです。ここの筑波の
> 説明は先行研究の「のだ」「んです」をもと
> にしているのではないのでしょうか。つまり
> 「上手に説明できる」だけの分析なり解説が
> すでにあることを示唆しているのではないで
> しょうか。 

 これについて、わたしはNo.419(
http://nihongo-online.jp/tree02/treebbs.cgi?kako=1&log=419
)で解説をしました。

 あのときは あえて かきませんでしたが、わたしが かいたことは、ソウルで ひらかれている「在韓日本語教師研究会」での発表で『S.F.J』の作成に たずさわった かたから直接 うかがったことです。そのときの発表の記録も のこっています。

 もちろん、観察の するどい教師なら、そんな機会がなくても、教科書のイラストをみれば、その意図するところは わかると おもいます。しかし、そう おもって わたしが紹介したことが、わたし ひとりの かってな解釈だと おもわれるのは たいへん心外なので、こんな いわずもがなのことも かかなければいけなくなりました。

 ここは自由な掲示板なのですから、どんな意見も かきこむのは かまわないと おもいます。しかし、論文・資料・調査・講演、などなど さまざまな日本語教師としての勉強や体験をもとに かきこんでいることに対して、その意見に賛成でないからといって、もとの論文・資料・調査・講演などの存在までも否定したり、矮小化したり するようなことは モラルに反する言動だと おもいます。
 自分の意見に反する研究が あることをみとめたうえで、あえて少数派の主張をするのなら、別に かまいません。あとは読者が判断できますから。しかし、具体的に提示された文献の ひとつにでも あたってみて それに則して批判するでもなく、「それは この主題での研究ではない」などと“ウソ”をいっていることを放置は できないのです。

 わたしが このことに こだわる理由は、もうひとつ あります。わたしが経験してきた日本語教育の現場では、えてして この種の“ウソ”でも とおしてしまう人物がボス的な存在に なっていたと いうことです。そういう教師がいても、それをおさえられる役わりの ひとが まわりにいれば まだ いいのですが、そうでないと、最悪のばあい、ほかの教師はウソと わかっていても それを学習者に おしえさせられることになります。
 日本語を専攻してきた経験のない新人教師は、授業はへたでも、語学的な分析能力はベテラン教師に まさっていることが あります。それなのに、その長所の部分まで このようなボス的な教師によって おさえこまれるのをみるのは いたたまれないものが あります。

 せめて掲示板では そのようなことをなくしていきたいと おもうのです。

akizuki.pr.co.kr/

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632● あること−ないこと[ 点 ] 01/06/25(Mon) 06:48
こんにちは。

「研究があること」を説明する場合には、すでにある資料を示せば良いのですが、それにたいして「研究がないこと」を証明するのは確かに大変です。

しかし、「既にある資料」を材料にしてその解説・分析が不十分であることを示すことによって「その研究がないこと」を示唆することは可能だと思います。
そういう作業をすることをSakananomeさんに期待したいと思います。
(としか今は言えない。)

・一万歩譲って不十分かどうかの判断はひとまずおくとしても、
既に「資料があること」を示すことは、この掲示板のやりとりを無駄にしない作業だと思います。
と、いうわけで感謝!



>  点さん、こんにちは。
>
>  冷静な うけこたえ、いつも参考になります。
>
> > 2 しかしながらSakananomeさんは、筑波の
> > 解説を評価しているようです。ここの筑波の
> > 説明は先行研究の「のだ」「んです」をもと
> > にしているのではないのでしょうか。つまり
> > 「上手に説明できる」だけの分析なり解説が
> > すでにあることを示唆しているのではないで
> > しょうか。 
>
>  これについて、わたしはNo.419(
>http://nihongo-online.jp/tree02/treebbs.cgi?kako=1&log=419
> )で解説をしました。
>
>  あのときは あえて かきませんでしたが、わたしが かいたことは、ソウルで ひらかれている「在韓日本語教師研究会」での発表で『S.F.J』の作成に たずさわった かたから直接 うかがったことです。そのときの発表の記録も のこっています。
>
>  もちろん、観察の するどい教師なら、そんな機会がなくても、教科書のイラストをみれば、その意図するところは わかると おもいます。しかし、そう おもって わたしが紹介したことが、わたし ひとりの かってな解釈だと おもわれるのは たいへん心外なので、こんな いわずもがなのことも かかなければいけなくなりました。
>
>  ここは自由な掲示板なのですから、どんな意見も かきこむのは かまわないと おもいます。しかし、論文・資料・調査・講演、などなど さまざまな日本語教師としての勉強や体験をもとに かきこんでいることに対して、その意見に賛成でないからといって、もとの論文・資料・調査・講演などの存在までも否定したり、矮小化したり するようなことは モラルに反する言動だと おもいます。
>  自分の意見に反する研究が あることをみとめたうえで、あえて少数派の主張をするのなら、別に かまいません。あとは読者が判断できますから。しかし、具体的に提示された文献の ひとつにでも あたってみて それに則して批判するでもなく、「それは この主題での研究ではない」などと“ウソ”をいっていることを放置は できないのです。
>
>  わたしが このことに こだわる理由は、もうひとつ あります。わたしが経験してきた日本語教育の現場では、えてして この種の“ウソ”でも とおしてしまう人物がボス的な存在に なっていたと いうことです。そういう教師がいても、それをおさえられる役わりの ひとが まわりにいれば まだ いいのですが、そうでないと、最悪のばあい、ほかの教師はウソと わかっていても それを学習者に おしえさせられることになります。
>  日本語を専攻してきた経験のない新人教師は、授業はへたでも、語学的な分析能力はベテラン教師に まさっていることが あります。それなのに、その長所の部分まで このようなボス的な教師によって おさえこまれるのをみるのは いたたまれないものが あります。
>
>  せめて掲示板では そのようなことをなくしていきたいと おもうのです。

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633● Re: あること−ないこと[ きんちょ ] 01/06/25(Mon) 08:26
> しかし、「既にある資料」を材料にしてその
> 解説・分析が不十分であることを示すことに
> よって「その研究がないこと」を示唆するこ
> とは可能だと思います。
> そういう作業をすることをSakananomeさんに
> 期待したいと思います。
> (としか今は言えない。)

 わたしの ことばでは、それは「研究があることをみとめたうえで、それが不十分であることを指摘する」ことです。それだったら、どんどん やっていただきたいと おもいます。というか、大歓迎です。

 また、もし「自分のめざす方向での先行研究がない」と いうことだけをいうのなら、別に そんなに めくじらをたてるようなことじゃないとも おもいます。また、ふつうは、それでも、最初に自分の方法論をあきらかにして、同様の方法での先行研究が みあたらなければ、「ない」とか「すくない」とか いうまえに どれだけ さがしてみたか はなしたうえで、ほかの ひとにも さがしてもらえないかと情報をもとめるものですけれどもね。しかし、まあ、この程度なら、きっと よっぽど めくばりをして勉強されている かたなので、自信をもって「ない」と いえるのだろうと おもうだけです。

 わたしが 問題だと おもうのは、うえの どちらでもありません。

 自分の興味にあわない研究を研究として みとめないかのような いいかたをくりかえして、訂正も きちんと できないことなんです。
はっきりと「『んです』の研究は たくさんある。でも、その おおくは、方法論に問題があると おもう」と 主張するのであれば、なんの問題も ありません。それが ただしいかどうかは別にしても。



> ・一万歩譲って不十分かどうかの判断は
> ひとまずおくとしても、
> 既に「資料があること」を示すことは、
> この掲示板のやりとりを無駄にしない
> 作業だと思います。
> と、いうわけで感謝!

 ふつうだったら、その資料の ありかと題目だけ あげれば、検討をしてから批判するなり、検討をするまでは 判断を保留するものだと おもいます。こうして その資料の内容まで しめさないと、研究が「ある」んだということも みとめてもらえないのだとすれば、ゆゆしきことだと おもいます。内容まで しめしても、みとめないのだとすれば、論外です。そういう意味では、けっして よろこんで していることでは ありません。

akizuki.pr.co.kr/

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