発言者: Sakananome
発言日: 01/06/08(Fri) 16:58
きんちょさんの書き込みとても勉強になります。「のだ」のスコープについて正面から議論する気はないのですが、気になった小さいことをいくつか指摘したいと思います。
> ● 久野ワ 『新日本文法研究』1983
> 以下のような記述があるそうです。(いまのところ、『モダリティの文法』益岡 からの マゴびきです。すみません)
> 日本語の否定辞「ナイ」と疑問助詞「カ」のスコープは
> 極めて狭く、通常、その直前の動詞、形容詞、「Xダ/
> デス」に限られる (P.140)
> この原則により、
> (5) 君はパリで時計を買いましたか。
> (6) *君はこの時計をパリで買いましたか。
> (7) 僕は終戦の年にはまだ生まれていなかった。
> (8)??僕は終戦の年には生まれなかった。
> を説明し、(6)が非文なのは、焦点であるべき「パリで」が疑問の「カ」のスコープに おさまらないからで、(8)が非文なのは、焦点であるべき「終戦の年に」が否定の「ナイ」のスコープに おさまらないのに対して、(5)(7)の焦点は「買いました」「生まれている」だから、それぞれ「カ」「ナイ」のスコープに おさまるのだと主張したそうです。
>
このように益岡には書かれているのですが、(6)はどう考えても非文ではないと思います。原本をあたってもこのような例文はのっていません。益岡は多分「君はパリでこの時計を買いましたか」が非文だと言いたいのだと思いますが、これも私には非文になりません。「君はパリではこの時計を買いましたか」は非文になりますが。
>
> 小金丸は、上記、久野の例文をひきながら、
> (11) 君は、終戦の年に生まれたのか。
> いや、終戦の年に生まれたのではない。
> (12)??いや、終戦の年には、生まれなかった。
> について、(11)の応答の「生まれたのではない」のなかにある「ノ」は必須であるとし、このような「ノ」をふくむ「のだ」をスコープの「のだ」と なづけました。
(11)で「のか」と聞いているので、「の」が必要になるのでしょう。
「君は、終戦の年に 生まれたか」に対しては
「いや、終戦の年に、生まれなかった」
「いや、終戦の年には、うまれなかった」は一応可能だと思いますが。
> このスコープの「のだ」が あらわれる例文として、
> 「琴の糸、何本ですか」
> さと子が答える前に、動転してしまったのはたみだった。
> 「あ、何本だったかしら。やだ、何本だっただろ」
> 「馬鹿、お前にきいてんじゃない」
> 仙吉がどなり、さと子が、
> 「十三本です」と答えた。 (向田邦子『あ・うん』)
> という例をあげ、このなかに でてくる
> 「お前にきいてんじゃない」は、
> 「お前にきいていない」
> とは ならないことをスコープのちがいにより説明します。後者は「きいている」ことを否定し、前者は「お前に」を否定するという ちがいが みられます。
>
たしかに「お前にきいていない」は不自然ですが「お前にはきいていない」は十分に成立します。私の私見では否定文のスコープは主として「は」の問題で「ので」のスコープは(たぶん)存在しないのではと考えています。
ちなみに「のではない」とは言えても「のでない」は言えません。
>
> さらに、「あ、買ったんじゃないよ、借りたんだ」というような文で「のだ」が必須であるのも、「買った」「借りた」という述語が焦点なのではなく、そのなかにある「買う」「借りる」という語義の実質部分だけを焦点に とりいれるので、このように焦点が述語より ちいさくなる ばあであっても「のだ」が必須だと主張します。
>
「のだ」は必須ではありません。「買いませんでした。借りました。」は一応成立するでしょう。
> このようなフォーカスの「のだ」が、ムードの「のだ」と別ものである論拠として、
> 「お前に聞いてるんじゃないんだ」
> という文が可能であることが あげられています。この文では、「聞いているんじゃ」の「んじゃ」に ふくまれる「のだ」は、スコープの「のだ」であり、文末の「のだ」はムード(状況との関連づけ)の「のだ」だと分析するわけです。このように、2種類の「のだ」は別々に あらわれることもあれば、ひとつの「のだ」が両方をかねることもある(たとえば、「さと子に聞いてるんだ」の「んだ」)、というのが、小金丸の主張です。
>
「お前には聞いていません」も「のだ」文と同じ意味になると思います。
>
> ● 益岡 隆志 『モダリティの文法』1991
>
> 益岡は、久野の「ナイ」と「カ」のスコープに関する説そのものをみとめていません。
> (13) − 君は今日車で来ましたか。
> −×はい、来ました。
>
> (14) − あなたは一生懸命働きましたか。
> − はい、働きました。
> のように、疑問文には もともと ちがう種類のものがあり、「あなたは一生懸命働きましたか」のような「存在判断型」の文は、「事態が存在するか否かの判断にかかわる」もので、「君は今日車で来ましたか」のような「叙述様式判断型」の文は、「事態の叙述様式が適切であるか否かの判断にかかわるもの」だと します。
> そして、こたえかたの ちがいは、この2つの性質の ちがいによるもので、どちらの ばあいにも久野の説は なりたたず、「カ」のスコープは述語ひとつだけに限定はされないと主張するのです。
> 益岡の主張によれば、「の(だ/です)」の有無と「カ」のスコープのひろさとは直接の関係はないということに なり、
> 久野や小金丸が観察した現象は、
> 「のだ」が「存在判断型」の文を「叙述様式
> 判断型」に かえる
> ものと解釈できると おもいます。
> しかし、動詞文のなかには、「のだ」がなくても、「叙述様式判断文」に はいるものも あります。
> 実は、久野(1983)も それと おなじことを みとめていて、それを「マルチプル・チョイス式」と よんでいるそうです。たとえば、
> (15) 君は今日車で来ましたか。
> と きけば、焦点は「車で」であり、「歩いて/自転車で/バスで/車で」といった具体的な選択肢が想定される疑問文や、
> (16) 君は東京で生まれましたか、大阪で生まれましたか。
> というような選択疑問文では、「カ」のスコープが述語だけに限定されないということを久野も例外として みとめているということです。
> 久野においては例外であった これらの文を、スコープに関する久野の説をみとめない益岡は、例外としてではなく、「のだ」を必要としない「叙述様式判断文」だと みています。
>
益岡の「存在判断」「叙述様式判断」はよく分かりません。
益岡によれば「選手たちはないていますか」は存在判断ですが、「いいえ笑っています」と答えれば、これは叙述様式判断になると思います。
また益岡は「選手たちは泣いているのですか」は叙述様式判断ですが、「いいえ、泣いていません」と答えれば、存在判断になると思います。
> 結局、益岡は、「のだ」がある疑問文と「のだ」がない疑問文をくらべて、「叙述様式判断の課題設定」を経て提示する疑問文かどうかという ちがいだと説明しました。つまり、もともと「叙述様式判断」の文に なっていなければ、小金丸が観察したような ちがいが観察できるでしょうが、もともと「叙述様式判断」の文に なっていれば、「のだ」の有無による ちがいは、「課題設定」をするかどうかという点に もとめられるわけで、それは「説明の「のだ」」と構造としては おなじだという結論に なるようです。
>
> −−−−
>
> ● 感想
>
> さて、最後の益岡の説は、一冊の本になっているので、ここで簡単に要約することは困難です。あえていえば、Oyanagiさんの説明は、だいたい益岡の説に そったものだと いえそうなので、それを参照してもらったほうが いいかもしれません。ただ、ここで のこされた問題として、
>
> ・益岡の説をみとめるとしても、「叙述様式判断型」という文が形態面からは定義されていないので、日本語教育に どこまで応用できるかという問題が ある。
>
> ・おなじく、益岡の説については、「んです」ぬきの「叙述様式判断型」の疑問文(マルチプル・チョイス式の文ということになると おもわれる)と、それに「んです」が つかわれたときの ちがいが「課題設定」をへているかどうかの ちがいだというが、結局は おなじことに なるのではないかという疑問が のこる
>
> という印象が いなめません。
>
> むしろ、すでに文脈や状況から「課題設定」されているときに、その「課題」が疑問文じたいのなかに とりこまれてしまっているのが、マルチプル・チョイス式の文に「んです」がついた疑問文だというふうに いえないでしょうか。
>
> 逆に、教育上は、形態から きめて いける部分は、きめていったほうが わかりやすい部分があり、そういう意味では、小金丸の指摘は「こういう現象がある」というふうに うまく教育に いかせないかと おもいます。その目的のために、スコープの「のだ」をたてることにも意義があるように おもいました。
▼関連発言
│
└◆495:スコープの「のだ」についての若干の学説紹介 きんちょ 01/06/07(Thu)
├◆496:Re: 若干の学説紹介につての私見 Oyanagi 01/06/07(Thu)
│└◆525:ありがとうございます きんちょ 01/06/09(Sat)
└◆504:Re: 小さなコメント Sakananome 01/06/08(Fri)
├◆506:ちゃんと こたえてからに してください きんちょ 01/06/08(Fri)
│└◆509:Re: ちゃんと こたえてからに してください Sakananome 01/06/08(Fri)
│ ├◆512:もうすこし確認させてください きんちょ 01/06/08(Fri)
│ └◆513:●これでいいんですよね!確認 点 01/06/08(Fri)
│ └◆593:Re: ●これでいいんですよね!確認 Sakananome 01/06/20(Wed)
│ ├◆601:活用のちがいは、意味や機能の ちがい... きんちょ 01/06/21(Thu)
│ │└◆614:Re: 活用のちがいは、意味や機能の ... Sakananome 01/06/23(Sat)
│ │ └◆616:共通要素を抽出することからの「出.. きんちょ 01/06/23(Sat)
│ │ └◆618:学校文法での あつかいについて .. きんちょ 01/06/23(Sat)
│ │ └◆619:辞書でも「助動詞」 きんちょ 01/06/23(Sat)
│ └◆622:コメントありがとうございます。 点 01/06/24(Sun)
│ └◆624:筑波の『S.F.J.』の説明について きんちょ 01/06/24(Sun)
│ └◆632:あること−ないこと 点 01/06/25(Mon)
│ └◆633:Re: あること−ないこと きんちょ 01/06/25(Mon) ←last
└◆524:引用の事実関係について きんちょ 01/06/09(Sat)