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└◇7338:『ないわけにはいかない』と『ないわけにはいけない』 [kk] 05/28 16:53
├◇7339:Re:『ないわけにはいかない』と『ないわけにはいけない』 きんちょ 05/28
│└◇7340:参考までに きんちょ 05/28
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7338● 『ないわけにはいかない』と『ないわけにはいけない』[ kk ] 2005 05/28 16:53
『日本語会話』というテキストに『ないわけにはいかない』という言葉が出ていました。そこから学習者がこの違いを質問してきました。主観・客観の違いかと思うのですが、そのはっきりした違いがわかりません。『ないわけにはいけない』という文型はどの参考書にも載っていません。これは正しくない日本語なのでしょうか。
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7339● Re:『ないわけにはいかない』と『ないわけにはいけない』[ きんちょ ] 2005 05/28 19:28
> これは正しくない日本語なのでしょうか。
ただしいかどうかを議論するのは むずかしいことですが、実際に どの程度 つかわれているかどうかは 調査すれば わかることだと おもいます。
つかわれていないのなら、「つかわれません」といえば すむことでしょう。http://www.chuwol.com/
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7340● 参考までに[ きんちょ ] 2005 05/28 19:47
こんにちは。
もしかしたら 検索エンジンをつかってみるという方法を ご存じでなくて質問されているのかもしれないと おもい、補足で投稿することにしました。
この方法が完全であるとは いえませんが、たとえばgoogleをつかって「ないわけにはいかない」「ないわけにはいけない」を検索すると つぎのような結果がでます。(この結果は変動しますので、件数も そのとき そのときによって かわりますが、だいたいの傾向は つかめます。)
「ないわけにはいかない」
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%81%AA%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%91%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84&sourceid=opera&num=0&ie=utf-8&oe=utf-8&hl=ja&lr=lang_ja
わたしが したときは769件検索されました。
「ないわけには行かない」
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%AA%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%91%E3%81%AB%E3%81%AF%E8%A1%8C%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja
わたしが したときは737件検索されました。
「ない訳には行かない」
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%AA%E3%81%84%E8%A8%B3%E3%81%AB%E3%81%AF%E8%A1%8C%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja
わたしが したときには888件検索されました。
「ない訳にはいかない」
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%AA%E3%81%84%E8%A8%B3%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja
わたしが したときには704件検索されました。
「ないわけにはいけない」
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%AA%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%91%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja
わたしが したときは17件検索されました。
「ないわけには行けない」
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%AA%E3%81%84%E3%82%8F%E3%81%91%E3%81%AB%E3%81%AF%E8%A1%8C%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja
わたしが したときは2件検索されました
「ない訳には行けない」
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%AA%E3%81%84%E8%A8%B3%E3%81%AB%E3%81%AF%E8%A1%8C%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja
わたしが したときには まったく検索されませんでした。
「ない訳にはいけない」
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%AA%E3%81%84%E8%A8%B3%E3%81%AB%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=lang_ja
わたしが したときには 1件検索されました。http://www.chuwol.com/
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7341● 参考までに:補足[ saburoo ] 2005 05/28 21:49
こんにちは。
私もやってみました。
わけにはいかない 116万件
わけにはいけない 約5千件
このほうが開きが大きいようです。
表記の違いもやってみましたが、大した数にはなりませんでした。
saburoohttp://www.geocities.jp/niwasaburoo/
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7386● Re:参考までに:補足[ きんちょ ] 2005 06/22 11:42
こんにちは。
> わけにはいかない 116万件
> わけにはいけない 約5千件
たしかに ひらきは おおきくなるけど、「わけにはいけない」で5000件ちかくも ひっかかるということは、単なる うちまちがいではなさそうですね。
kkさんも そんな いいかたが あるものだというような前提で かかれていますし、実際、「〜わけにはいけない」が ただしい いいかただと おもって つかうひとが ふえているのかもしれませんね。http://www.chuwol.com/
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7382● ---[ --- ] 2005 06/21 23:08
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7383● Re:『ないわけにはいかない』と『ないわけにはいけない』[ みん ] 2005 06/21 23:12
> 『ないわけにはいけない』という文型はどの参考書にも載っていません。これは正しくない日本語なのでしょうか。
まず、『ないわけにはいかない』は「簡単に〜ない道理でない」という意味があります。
また、「いかない」は動詞「いく」の否定で不可能また禁止を意味します。(例「そううまくはいかないものだ」)
従って『ないわけにはいかない』は「〜ないという道理は不可能だ」という意味になるでしょう。
いずれにせよ、『ないわけにはいかない』は「「〜ないという道理はない」「〜するのが道理だ」ということを表します。
一方、「いけない」は不適切の意味ですね。(例「けんかをしてはいけないよ」)
従って『ないわけにはいけない』は「〜ないという道理は不適切だ」という意味になりそうです。
でも、これでは「〜するのが道理だ」という意味を表すことはできないでしょう。
また、「いけない」は可能動詞「いける」の否定です。(例「うまくやっていけない」)
従って、『ないわけにはいけない』は「ないという道理は実行できない」という意味になりそうです。
でも、これでは「〜するのが道理だ」という意味にはなりませんね。
以上から、私は『ないわけにはいけない』は使えないと思います。
この考察はいかがでしょうか。http://blogs.yahoo.co.jp/mming55
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7384● ---[ --- ] 2005 06/22 00:30
この記事は削除されましたhttp://www.chuwol.com/
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7385● Re[2]:『ないわけにはいかない』と『ないわけにはいけない』[ きんちょ ] 2005 06/22 01:10
こんにちは。
> まず、『ないわけにはいかない』は「簡単に〜ない道理でない」と
> いう意味があります。
「行かないわけにはいかない」だと「簡単に行かない道理でない」ということになるのでしょうか。しかし
「簡単に行かない道理でない」
というのは、わたしには きいても よく わからない日本語です。なにか やさしいものを かえって むずかしく説明されたような気もちになるんですが。。
「わけ」が「道理」という意味だというのは なんとなく わかります。
「行かない(とする)道理は とおらない」
だったら、にたような意味に理解できます。でも、そもそも「行かないわけにはいかない」とはいっても「* 行かない道理にはいかない」とは いわないのだから、「わけ」と「道理」とは なにかが ちがうんですよね。こういうときには「わけ」だけと「道理」だけとを無理に むすびつけずに、
「わけにはいかない」は「道理が とおらない」という意味だよ
みたいな説明で あいまいに すませておくほうが 問題が すくないんじゃないかなあと おもいます。これなら いいかえが ききそうだし。まあ これでも( )にいれた「とする」のところをちょっと ごまかしてはいますが、連体修飾で「という」とか「とする」が はずしてもよくなるということは まま ありますから、ゆるしてもらえるんじゃないかと おもいます。
> また、「いかない」は動詞「いく」の否定で不可能また禁止を
> 意味します。(例「そううまくはいかないものだ」)
>
> 従って『ないわけにはいかない』は「〜ないという道理は不可能だ」
> という意味になるでしょう。
「そううまくはいかない」が不可能を意味するのは「うまく」が ついているからで、「そううまくはいかない」が禁止の機能をもつのは「ものだ」が ついているからではありませんか。「そうはいかない」だけなら、ただの否定だと おもいますが。(「めったに そうはいかないよ」ということは「たまには そうなるかもしれない」という意味も ふくんでいますよね。)
それに、「ないわけにはいかない」の「ないわけ」の あとにある「に」は どこにいってしまったのでしょうか。「に」をけさないと、おなじものを比較していることに ならないと おもうんですけど。
> いずれにせよ、『ないわけにはいかない』は「「〜ないという道理は
> ない」「〜するのが道理だ」ということを表します。
それなら、はじめから それだけをいったほうが シンプルで よかったのでは。
つまり、
「〜ないわけにはいかない」は全体として
「〜ないという道理はない」
「〜するのが道理だ」
という意味なんですよね。おそらく それは、「わけにはいかない」が「道理が とおらない」という意味だからなのでしょう。
> 一方、「いけない」は不適切の意味ですね。(例「けんかをしては
> いけないよ」)
>
> 従って『ないわけにはいけない』は「〜ないという道理は不適切だ」
> という意味になりそうです。
たしかに「〜テは いけない」は不適切の意味ですが、だからといって「〜には いけない」が不適切の意味だと かんがえるのは 不適切なのではありませんか。
「に」は どこにいってしまったのでしょうか。
> でも、これでは「〜するのが道理だ」という意味を表すことは
> できないでしょう。
ええ。不適切な推論で適切な結果が えられなかったということは、適切なことです。
ときには、不適切な推論で結果だけは適切なことが ありますが、それに くらべれば 無害でしょう。
> また、「いけない」は可能動詞「いける」の否定です。
> (例「うまくやっていけない」)
>
> 従って、『ないわけにはいけない』は「ないという道理は
> 実行できない」という意味になりそうです。
「には」は どこにいってしまったのでしょうか。
「には」が あるので、わたしには 「そんな意味に なりそうだ」という実感が わきません。
> でも、これでは「〜するのが道理だ」という意味にはなりませんね。
まあ、たしかに結論は そうなるんですけど、「〜ないわけにはいかない」を「〜ないわけにはいけない」と まちがえて おぼえてしまって、そっちのほうが ただしいと おもいこんでいる学習者は、もしかしたら「に」や「には」が ついていることによって そんな意味に なっちゃうのかなと かってに合理化して解釈してしまうかもしれません。
> 以上から、私は『ないわけにはいけない』は使えないと思います。
>
> この考察はいかがでしょうか。
わたしは、最初に「〜ないわけにはいかない」が ただしいと きちんと おしえれば、その 最後の「いかない」を わざわざ可能形に しようと おもう 学習者は いないだろうと おもいます。だから、単に「〜ないわけにはいかない」が あっているんだよと おしえれば、それで 納得してもらえると おもうのですが、いかがでしょうか。
たしかに「〜ないわけにはいかない」は「〜ないことは不可能だ」というようにも いいかえられることがあるし、実際「〜ないという選択は できない」という意味なのだから、そのなかにある「不可能」とか「できない」という意味に ひきずられて可能形にしたほうが よさそうだと おもう学習者が でてくるのでしょう。そういう学習者には、リクツのうえでは
「わけ」+「に」+「いく」+「ない」=「できない」
*ただし「ない」ぬきには つかえない
みたいな あわせわざなんだと 説明してやることで理解をえられると おもいます。あえてリクツをとおして分析するのなら、このときの「わけにはいかない」のなかにある「いく」は 「よのなかの ものごとが ある道理のほうへ うごいていく」という意味で、「いかない」は 意志的な選択ではなく「いくことはない」という観察的な態度で みたときの結論的な事実をのべているのでしょう。http://www.chuwol.com/
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7389● Re[3]:『ないわけにはいかない』と『ないわけにはいけない』[ みん ] 2005 06/22 13:44
早速のご指摘、ありがとうございます。
> 「行かないわけにはいかない」だと「簡単に行かない道理でない」ということになるのでしょうか。しかし
>
> 「簡単に行かない道理でない」
>
> というのは、わたしには きいても よく わからない日本語です。なにか やさしいものを かえって むずかしく説明されたような気もちになるんですが。。
岩波の国語辞典を参考に意味を説明しただけでした。
確かにこう言うとよけいに難しくなりますね。
だからこそ日常では「行かないわけにはいかない」という表現が使われているのでしょう。
> 「わけ」が「道理」という意味だというのは なんとなく わかります。
岩波の国語辞典によれば「わけ」は「道理」という意味になっています。
>
> 「行かない(とする)道理は とおらない」
>
> だったら、にたような意味に理解できます。でも、そもそも「行かないわけにはいかない」とはいっても「* 行かない道理にはいかない」とは いわないのだから、「わけ」と「道理」とは なにかが ちがうんですよね。こういうときには「わけ」だけと「道理」だけとを無理に むすびつけずに、
>
> 「わけにはいかない」は「道理が とおらない」という意味だよ
>
> みたいな説明で あいまいに すませておくほうが 問題が すくないんじゃないかなあと おもいます。これなら いいかえが ききそうだし。まあ これでも( )にいれた「とする」のところをちょっと ごまかしてはいますが、連体修飾で「という」とか「とする」が はずしてもよくなるということは まま ありますから、ゆるしてもらえるんじゃないかと おもいます。
「道理が とおらない」とすれば、そうしないことははっきり否定されるように感じられますね。
この説明はあいまいではなくて、むしろはっきりしたものだと思います。
話し手は世の中の道理として、そうしないことは通用しないと感じたときに、「ないわけにはいかない」と言いますね。
ここには客観的な判断が伴っています。
これらに従えば、「ないわけにはいかない」は辞書的な説明の「簡単に〜ない道理でない」ではなくて、「〜ないという道理は通用しない」という説明が可能ですね。
>
> > また、「いかない」は動詞「いく」の否定で不可能また禁止を
> > 意味します。(例「そううまくはいかないものだ」)
> >
> > 従って『ないわけにはいかない』は「〜ないという道理は不可能だ」
> > という意味になるでしょう。
>
> 「そううまくはいかない」が不可能を意味するのは「うまく」が ついているからで、「そううまくはいかない」が禁止の機能をもつのは「ものだ」が ついているからではありませんか。「そうはいかない」だけなら、ただの否定だと おもいますが。(「めったに そうはいかないよ」ということは「たまには そうなるかもしれない」という意味も ふくんでいますよね。)
>
> それに、「ないわけにはいかない」の「ないわけ」の あとにある「に」は どこにいってしまったのでしょうか。「に」をけさないと、おなじものを比較していることに ならないと おもうんですけど。
おっしゃる通りです。
構文として不適切なのは承知の上で、あえて「いかない」の意味から考えて比較してみました。
従って、この意味は成立しないことが証明されたと思います。
> > いずれにせよ、『ないわけにはいかない』は「「〜ないという道理は
> > ない」「〜するのが道理だ」ということを表します。
>
> それなら、はじめから それだけをいったほうが シンプルで よかったのでは。
>
> つまり、
>
> 「〜ないわけにはいかない」は全体として
> 「〜ないという道理はない」
> 「〜するのが道理だ」
>
> という意味なんですよね。おそらく それは、「わけにはいかない」が「道理が とおらない」という意味だからなのでしょう。
>
>
> > 一方、「いけない」は不適切の意味ですね。(例「けんかをしては
> > いけないよ」)
> >
> > 従って『ないわけにはいけない』は「〜ないという道理は不適切だ」
> > という意味になりそうです。
>
> たしかに「〜テは いけない」は不適切の意味ですが、だからといって「〜には いけない」が不適切の意味だと かんがえるのは 不適切なのではありませんか。
>
> 「に」は どこにいってしまったのでしょうか。
>
>
> > でも、これでは「〜するのが道理だ」という意味を表すことは
> > できないでしょう。
>
> ええ。不適切な推論で適切な結果が えられなかったということは、適切なことです。
>
> ときには、不適切な推論で結果だけは適切なことが ありますが、それに くらべれば 無害でしょう。
>
>
> > また、「いけない」は可能動詞「いける」の否定です。
> > (例「うまくやっていけない」)
> >
> > 従って、『ないわけにはいけない』は「ないという道理は
> > 実行できない」という意味になりそうです。
>
> 「には」は どこにいってしまったのでしょうか。
>
> 「には」が あるので、わたしには 「そんな意味に なりそうだ」という実感が わきません。
おっしゃる通りです。
これも、構文として不適切なのは承知の上で、あえて「いかない」の意味から考えて比較してみました。
従って、この意味は成立しないことが証明されたと思います。
>
> > でも、これでは「〜するのが道理だ」という意味にはなりませんね。
>
> まあ、たしかに結論は そうなるんですけど、「〜ないわけにはいかない」を「〜ないわけにはいけない」と まちがえて おぼえてしまって、そっちのほうが ただしいと おもいこんでいる学習者は、もしかしたら「に」や「には」が ついていることによって そんな意味に なっちゃうのかなと かってに合理化して解釈してしまうかもしれません。
>
>
> > 以上から、私は『ないわけにはいけない』は使えないと思います。
> >
> > この考察はいかがでしょうか。
>
> わたしは、最初に「〜ないわけにはいかない」が ただしいと きちんと おしえれば、その 最後の「いかない」を わざわざ可能形に しようと おもう 学習者は いないだろうと おもいます。だから、単に「〜ないわけにはいかない」が あっているんだよと おしえれば、それで 納得してもらえると おもうのですが、いかがでしょうか。
私もそう思います。
そして「〜ないわけにはいけない」を使った場合、それを誤用だというべきでしょうね。
> たしかに「〜ないわけにはいかない」は「〜ないことは不可能だ」というようにも いいかえられることがあるし、実際「〜ないという選択は できない」という意味なのだから、そのなかにある「不可能」とか「できない」という意味に ひきずられて可能形にしたほうが よさそうだと おもう学習者が でてくるのでしょう。そういう学習者には、リクツのうえでは
>
> 「わけ」+「に」+「いく」+「ない」=「できない」
> *ただし「ない」ぬきには つかえない
>
> みたいな あわせわざなんだと 説明してやることで理解をえられると おもいます。あえてリクツをとおして分析するのなら、このときの「わけにはいかない」のなかにある「いく」は 「よのなかの ものごとが ある道理のほうへ うごいていく」という意味で、「いかない」は 意志的な選択ではなく「いくことはない」という観察的な態度で みたときの結論的な事実をのべているのでしょう。
kkさんの質問では、「いかない」が主観、「いけない」が客観というように読み取れました。
これは「いかない」と「いけない」の違いだけで感じたことだと思います。
これは日本語学習者にとっても素朴な疑問となるでしょう。
また「いかない」と「いけない」の違いだけに着目して、「いけない」も適切と感じて使用するネイティブが多い理由を説明できます。
誤用はこういうところから広がると思います。
「うまくいかない」と同様に、ここでは「いかない」は客観の意味を持っています。
おっしゃるように「観察的な態度で みたときの結論的な事実をのべている」のですね。
昨日の私の考察は意味だけに着目したので、日本語学習者には理解しくにいものになりました。
構文や教え方に着目すると、おっしゃるようになると思います。
日本語学習者への説明の仕方の参考になりました。
ありがとうございました。http://blogs.yahoo.co.jp/mming55
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7387● ---[ --- ] 2005 06/22 12:33
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7388● 日本語の混乱/学習者の混乱[ きんちょ ] 2005 06/22 13:29
こんにちは。
> 1)と2)をごっちゃにしてしまって
> (あるいは、2)にひっぱられて)
>
> 3)書かないわけにはいけない
>
> としてしまう人が、ときどきいるようで、それがネットでの
> 検索結果として出たのでしょう。
そうすると、これは学習者の混乱であるだけではなくて、日本語の混乱でもあるのだということになりますね。
てつじさんの まわりの ひととか、おしりあいで、そのように かんがえて まちがえてしまったと自覚している ひとが いたのでしょうか。
わたしは「学習者の混乱」以上に「日本語の混乱」に興味があるので、つい きいてみたくなりました。さしつかえなければ おしえてください。
http://www.chuwol.com/
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7393● ---[ --- ] 2005 06/22 18:11
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7394● Re[2]:日本語の混乱/学習者の混乱[ きんちょ ] 2005 06/22 19:00
こんにちは。
> 自覚していれば間違えないのではないですか?(笑)
どうでもいいことですが、てつじさんは「てつじさんの まわりの ひととか、おしりあいで、そのように かんがえて まちがえてしまったと自覚している ひとが いたのでしょうか。」という文をよんで、「自覚する」のが「まちがえる」よりも さきだと解釈されたのでしょうか。
わたしは その引用の部分で、
「〜ないわけにはいけない」を ずっと つかっていたけど
どこかで まちがいだったと 気がついて そのあと 自分が
まちがえていた理由をふりかえって理解すること
を「自覚する」という ことばで表現したのでした。そういうことでもないと、まちがえて つかっている ひとの内心をしらべることは むずかしいと おもったものですから、質問してみました。
> まあ、別にそういう人がいるわけではありませんが、7387の
> 私の記述でおわかりかと思いますが、あくまでも、こういう理由で
> 間違えたのだろうという私の推測です。
そうですか。
よく わかりました。それなら、それで けっこうです。
もし、「〜ないわけにはいけない」を よく つかっている ひと、あるいは つかっていた ひと、あるいは つかっていなくても それが ただしいと おもっていた ひとで この掲示板をよんでいる かたが いらっしゃったら、ちょっと自分のことを反省してみて、てつじさんの推測が あたっているかどうか評価してもらえませんか。なんにんか そういう かたが いらっしゃったら、なかなか よい推測だったということが いえそうです。(なくても たまたま 該当者がいなかったという可能性が ありますから、参考程度の調査にしかなりませんが。。)
> それと、7390と7391に関連することですが、
> 一般の出版物に比べて、ネットサイトの文章は、編集者や校正者の
> 手を経ていないものが多いですから、「ないわけにはいけない」
> のような、間違いといえそうな文が混じる率が、メジャーな
> 出版物に比べて高くなるのは当然だと言えるでしょう。
そういう意味ですか。そういうことでしたら よく理解できます。
わたしが想定していたこととは比較の対象が ちがっていたようです。
わたしは、日本語話者一般の言語意識と ネットサイトに あらわれて でてくる文章とをくらべていました。
もともと「誤用」が おおくなっている現象が そのまま
反映されたのだと おもいます
という わたしの意見は てつじさんの意見と両立しうるものだと おもいます。http://www.chuwol.com/
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7399● ---[ --- ] 2005 06/23 10:01
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7390● Re[2]:『ないわけにはいかない』と『ないわけにはいけない』[ みん ] 2005 06/22 13:50
> 正しいとは言い難いですね。
>
> 1)書かないわけにはいかない
> 2)書かないといけない
>
> 1)と2)をごっちゃにしてしまって
> (あるいは、2)にひっぱられて)
>
> 3)書かないわけにはいけない
>
> としてしまう人が、ときどきいるようで、それがネットでの
> 検索結果として出たのでしょう。
ネットでたくさんの人が使っているという結果が出たことは、ネイティブの誤用がネットではより顕著に現れると解釈できます。
ネットの弊害でしょうが、ネットで新しい言葉が広がるとそれが正しいと思いがちです。
ネイティブでも言葉をよく考察しない人がネット利用者に多いように感じます。http://blogs.yahoo.co.jp/mming55
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7391● なぜですか[ きんちょ ] 2005 06/22 15:06
こんにちは。
> ネットでたくさんの人が使っているという結果が出たことは、
> ネイティブの誤用がネットではより顕著に現れると解釈できます。
なぜでしょうか。
わたしは、ネットで より顕著にあらわれたのではなく、もともと「誤用」が おおくなっている現象が そのまま反映されたのだと おもいますが、そうではないと かんがえる理由がありますか。
> ネットの弊害でしょうが、ネットで新しい言葉が広がるとそれが
> 正しいと思いがちです。
> ネイティブでも言葉をよく考察しない人がネット利用者に多いように
> 感じます。
結論が性急であると おもいます。 http://www.chuwol.com/
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7395● Re:なぜですか[ みん ] 2005 06/23 00:01
> わたしは、ネットで より顕著にあらわれたのではなく、もともと「誤用」が おおくなっている現象が そのまま反映されたのだと おもいますが、そうではないと かんがえる理由がありますか。
私は40年以上生きてきて、今回初めて「ないわけにはいけない」という表現をネットで知りました。
日本語学習者の疑問に過ぎないと思っていたら、ネット上では意外に多く使われているのですね。
ただし、あらゆる属性の人々と会話していないので、ネット外の誤用をよく知っているわけではありません。
誤用一般について、言語学者のように断定的なことをいう資格はないかも知れません。
私の印象ですが、「ないわけにはいかない」という言葉は口語より文語に多いように思います。
つまり、日常の会話で使う機会よりも、メールやブログなどネットで文章として書いて使う機会が多いよう印象だということです。
また、新聞、雑誌、小説、論文などで見かける機会は多いと思います。
>
> > ネットの弊害でしょうが、ネットで新しい言葉が広がるとそれが
> > 正しいと思いがちです。
> > ネイティブでも言葉をよく考察しない人がネット利用者に多いように
> > 感じます。
>
> 結論が性急であると おもいます。
ネットについてはそれぞれの関わり方に違いがあるので、そう思われてもしょうがないですね。
ネット上の問題は言語学の利用域ではどう扱っているか知りませんので、素人が簡単に結論めいた表現をしたのはよくなかったようです。
ネットの弊害というのは、利用者がネットの手軽さから、安易に新しい言葉を文章にして発表し、それを多くの人が目にするようになっていると感じるという意味です。
また、ネットでは口語と文語の区別もあいまいになり、言葉をよく考察しない傾向があると感じています。
そもそもネットは自由なメディアであるので、マスメディアとの比較自体に意味がないのかも知れませんが、マスメディアのような言葉のフィルターがないことも一因かと思います。
過去に蓄積された情報を含めて、ネット上の文章や会話がものすごい情報量になっているので、ネットの影響力はとても大きいと感じています。
例えば、2チャンネルの投稿を見るとそう思います。
いかがでしょうか。
ここまで書いてきて、先の投稿を含めてメディア論のようになってしまい、この掲示板に投稿するのは不適切なように感じました。
なにとぞ私見としてお許しください。http://blogs.yahoo.co.jp/mming55
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7396● ネットの影響[ みん ] 2005 06/23 00:35
またメディア論めいた内容で恐縮ですが、ネットの影響について私見を
投稿します。
ネットが日本語学習者、特に海外在住の学習者に与える影響はますます強くなっていると思います。
居ながらにして簡単に生きた日本語を学ぶ材料として、ネットはとても便利ですが、そこにある日本語にはあらゆるタイプの自由な表現があります。
これは実感ですが、英語など他の言語と共通なことです。
ただし、一部の国ではネットの統制が強いので、自由な情報発信には制限があります。
このために、海外の学習者はネイティブとの会話よりネットから日本語の影響を受けやすいでしょう。
また、国内の学習者への影響も少なくないと思います。
そこでは学習者が誤用も何も区別ができないものになっています。
学習者のレベルにもよりますが、日本から発信された日本語の情報は、言語として正しいものとして学習者に受け止められることは避けられないと思います。
他のメディア、例えばテレビ番組、コミック、ゲーム、映画などの影響も同様のことが言えますが、多かれ少なかれ言語のフィルターを通っているので、誤用に伴う影響はネットよりも弱いように感じます。
こういうことを日本語教育に関わる人たちはどう感じているのか、気になります。
ご意見をお聞かせくだされば幸いです。http://blogs.yahoo.co.jp/mming55
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7397● 誤解していました[ きんちょ ] 2005 06/23 07:38
こんにちは。
おかんがえ、よくわかりました。わたしのほうが、誤解していたようです。
No.7390で
> ネットでたくさんの人が使っているという結果が出たことは、
> ネイティブの誤用がネットではより顕著に現れると解釈できます。
と あったので、「誤用をおおく する ひとほど、よくネットに かきこむ」というようなことを おっしゃりたいのかと おもっていました。
> ネイティブでも言葉をよく考察しない人がネット利用者に
> 多いように感じます。
とも かかれていましたし。
わたしは、それほど悲観的には かんがえていません。いままでだって 誤用する ひとは たくさん いたけど、そういう ひとが文章をかいて その文章が校正をうけずに でまわることが すくなかっただけだと おもいます。ありのままの実態が ありのままに ちかい かたちで おもてに でるようになっただけでしょう。かくれていて みえないものより、はっきりと みえるもののほうが 気がつきやすいし、気がつきやすいもののほうが指摘も うけやすいし、指摘されやすいもののほうが なおされやすいと おもいます。
学習者への影響ですが、そもそも学習者は誤用と つきあいながら成長していくものですから、それほど深刻に かんがえる必要はないと おもいます。ネットの利用のしかたをよく しっている世代なら、そのなかには誤用や うちまちがいが ふくまれていることも しっているでしょう。ちょっとしたスキルがあれば、計量的に うちまちがいや 誤用であるものと そうでないものを判断することも できるようになります。(むしろ出版物のなかに のこっている誤植のようなもののほうが 危険度が たかいと おもいます。)http://www.chuwol.com/
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7398● ネットは一人歩きしない[ みん ] 2005 06/23 09:26
ネットは世の中の実態を反映するもので、一人歩きはしないものでしょうね。
ただし、ネットより世の中が先という考えは、リアルとネットを分けて考えてしまう嫌いがあるように思います。
そして、ネットは依然としてメディアの一つに過ぎないとみなす恐れもあります。
ネット、例えば携帯を含むメール、チャット、ブログ、掲示板の類は、公私の区別があいまいな、言葉が自由に使われるものだと思います。
ネット上の個人や法人の公的な活動の占める比率は低いので、言葉の問題はそれよりもメール、チャット、ブログ、掲示板の類に多く含まれるでしょう。
そして、これこそが世の中の実態であると思います。
だからリアルとネットを区別する考え方はすでに過去のものになっていると思います。
なお、リアルの会話や活動になじめず、ネットこそが自分の実態であると考えて生活している人たちが増えていますが、そういう人たちに誤用が多いとは言えないでしょうね。
ネットを利用しない人にも誤用は多くあると思います。
あらゆる言語活動がネットで自由に行われており、ネットの誤用には特殊性がないのでしょう。
ただネットの公開性や記録性により誤用を広める影響力は少なくないと言えそうです。http://blogs.yahoo.co.jp/mming55
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7400● Re:誤解していました[ みん ] 2005 06/23 13:48
> 学習者への影響ですが、そもそも学習者は誤用と つきあいながら成長していくものですから、それほど深刻に かんがえる必要はないと おもいます。ネットの利用のしかたをよく しっている世代なら、そのなかには誤用や うちまちがいが ふくまれていることも しっているでしょう。ちょっとしたスキルがあれば、計量的に うちまちがいや 誤用であるものと そうでないものを判断することも できるようになります。(むしろ出版物のなかに のこっている誤植のようなもののほうが 危険度が たかいと おもいます。)
>
ネット検索を利用して計量的に誤用等を判断することは、ネットを実態の縮図とみなし、理論として確立できれば、日本語教育の現場で指導できそうですね。
ネイティブの子どもの国語教育でも利用できそうですね。
調べ学習ではネットの活用が進んでいますので、国語でもこの方向に行くようになるかも知れません。
このトピックスでネイティブの教師がこの方法で判断するとよいというようなアドバイスがありましたので、うまくネットを活用できればよいと感じました。
安易に利用しなければ、疑問を解決できない教師にとってもありがたいことでしょう。
このサイトを含めて、ネットを日本語教育に活用する方法論ができるといいですね。
参考になりました。ありがとうございました。http://blogs.yahoo.co.jp/mming55
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7401● ---[ --- ] 2005 06/23 15:42
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